※今回のテーマ「絶対的価値と現代世界の再評価」に関し、文師は「現代世界の再評価を成すにあたって私たちはオリンピック競技に見られる世界平和と調和について、同様の精神を私たちの分野で築くことができる絶対的価値の可能性を調べなければならない」と語った。
☆🐟☆🐟☆ 「世界文化大祝典」開催の意義 ☆🐟☆🐟☆
☆世界の平和と統一を表す五輪
🌹尊敬すべき議長、分科会議長、著名な学者、紳士淑女の皆様。この十七回「科学の統一に関する国際会議」に皆様をお迎えし、本当に嬉しく思います。
🌹私は最近韓国に帰りましたが、そこで皆様もご存知のように、我が国が♦第二十四回オリンピック大会を主催しました。♦韓国として私は、オリンピックが初めて我が国で開かれたことを誇らしく思います。これはかつて開かれた中でも最大のオリンピックでありました。♦私が二重に誇らしく思いましたのは、娘の恩進と息子の顕進が韓国乗馬チームの一員としてオリンピックで競技したからです。
🌹韓国がオリンピックに乗馬チームを出したのは今回が初めてのことでした。彼らは何もメダルを獲得しませんでした。しかし♦彼らが国を代表する姿を見ることは大きな光栄であり、大きな喜びでありました。
♦しかし私の家族のため以上に、私の国のため以上に、私は世界の平和と調和を高揚する祭典としてのオリンピックを誇らしく思い、またそれに感銘を受けました。ご存知のように♦韓国は分断国家であり、今なお共産主義の北韓と南の自由民主主義国家との分断で疼(うず)いております。したがって♦韓国で東西南北の百六十ヵ国からのスポーツ選手が、平和と調和・友好を表す祝祭の開会式で、一堂に会することができたということは、特に意義深いことでありました。
🌹アメリカ人、ロシア人、中国人、東ドイツ人および西ドイツ人など、すべての国々からの人々が手に手を取って一緒になっている光景は♦私たちの心を感動させました。それは神様の心をも感動させただろうと私は思います。というのは、これは♦私たちの誰もが願い、神も私たちを通して実現しようと努力しておられるところの♦世界の平和と統一の理想を表現しているからです。
♦オリンピックは、私たちの主題である「絶対価値および現代世界の再評価」と、どのような関係があるのでしょうか。それはまさに、オリンピックは外的な面においてではあっても♦すべての国々からの人々が、絶対価値に向かって努力している、良い実例であるということです。ということは何を言わんとしているのでしょうか。
☆犠牲的愛こそ真の統一を生む
🌹私はこれまで何度となく♦絶対価値の本質は、人間の家庭のモデルに基づいた、真の愛であると申し上げてまいりました。家庭には、♦神と父母と子女との間の縦的な軸と、♦夫婦、兄弟姉妹の間の横的な軸という二つの軸があります。♦家庭のモデルは国家のレベルにまで拡大することができ♦国家のレベルでは、縦的な軸は、基本的な道徳原理と国家の憲法とによって表現されており♦横的な軸には市民の共通の責任と市民同士の間の関係とがあります。♦あらゆるレベルにおいて、私たちはこの二つの軸について語ることができます。したがって♦真の愛には二つの軸、すなわち縦的と横的の軸があります。
🌹縦軸上の真の愛とは♦神は創造主であり、真の愛の源泉であらせられ、被造物を愛しておられるということを意味しております。♦人間は、神の最高の被造物として、神の真の愛の受容者であり、神に愛と美を返します。
♦横軸上の真の愛とは、私たちの行動が他人のための愛に動機づけられていることを意味しており♦私たちは真に他人のためになるように愛を与えます。♦家庭内においては、夫ははるかに妻を凌(しの)いでさえ、精力的に神のみ旨を追及することがあります。しかし、もし彼の動機が家庭のためであるならば、その家族全員は愛によって一体であると感ずることでしょう。したがって♦私たちは、統一の真の概念は、私たちが犠牲的に他人を愛するという動機から行動する時に表れるということが分かります。
🌹すべての創造は与える努力です。♦与える者は栄え、発展するというのは宇宙の法則です。♦人がその欲望を満足させるために他人から奪うばかりであるとき、その利己的な行為は愛ではなく、それは究極的には敵を作り出します。彼はより孤立し、衰退していくでしょう。
しかし♦他者を益するために自分を投入する人は友人を作り出し、彼らが今度は彼を助けてくれるでしょう。彼らは不可避的に彼が与えたよりも、多くのものを受けるでしょうし、スパイラル的に発展していくことでしょう。
したがって♦真の愛の人は最高の目的のために生き、それから自己を投入します。真の愛のこれらの二つの軸は♦イエスの ‟大きな戒め”の背後の原理となっています。
つまり♦「心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ」とは、♦真の愛の縦軸について教えており、♦「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せ」とは♦真の愛の横軸について教えています。
☆人類の課題を解く世界文化大祝典
🌹オリンピックは横的に絶対価値を追求することの良い表現でした。スポーツ競技では完全投入が要求されます。♦スポーツ選手は百パーセントの努力払わずしては成功することはできません。もし彼がただ他人から称賛を受けることだけを期待するならば、彼は生き残ることはできません。彼は汗と涙を流すことによってメダルを獲得しなければなりません。だからこそ♦彼の業績はあまねく尊敬され、誰もそれを彼から奪うことはできません。しかし、もしスポーツ選手が勝利への近道を求めて、身の入らない努力をするならば、彼は決して勝つことはできません。したがって♦全面的な努力という基準は、横的な絶対価値として全く確固たるものとなっております。(※100%の投入は100%の価値を生む)
🌹しかし♦オリンピック大会のような成功でさえ、世界はいまだ民主主義や宗教、人種の障壁を克服できないでいることを、私たちはよく知っております。♦このことのために人類は数えきれない戦争や闘争で苦しんでいるのです。
♦人間は二つの側面――物質的な側面と精神的な側面を持っております。人類の優秀さの肉的側面の追及を祝賀する近代オリンピック競技会は、世界の調和という横的な価値を外的なレベルで推進する祭典です。しかし♦私たちは真の愛を中心とした、神と人類の関係に基づいた、縦的価値を確立する必要があります。
🌹これこそが、私が♦1988年9月27日に世界文化大祝典を発表した背後の意味であります。これは♦芸術、科学、ニュース・メディア、宗教、経済および政治の方面からの主要な人物、それに、スポーツ選手も集めた♦「世界文化のオリンピック」となるでしょう。♦世界文化大祝典は、神と人類との縦的な関係を祝賀し深めることでしょう。
♦同祝典は三年後ごとに開催されるでしょう。♦第一回は1990年9月18日(注・一年延期)に始まり、二週間の間、韓国のソウルで開かれるでしょう。多年にわたる年次ICUS会議の成功、また♦世界平和教授アカデミー(PWPA)の働き、♦国際宗教財団(IRF)によって主催される宗教指導者の会議、♦世界言論者会議、世界平和のためのサミット会議、及び♦国際芸術家協会などはすべて♦この世界文化大祝典が成功するための土台となるだろうと思います。
☆絶対価値基準に全問題を検討
🌹現代世界を再評価するに際して私たちは、オリンピック競技会に見られるのと同じ、世界の平和と調和の精神をつくり出すことができる、私たちの分野での絶対価値の可能性を検討してみなければなりません。♦多くの文化と宗教と社会体制の世界の中にあって、私たちはどこにそれらすべてを和合させることのできる、超越的な理想や公的な目的を見い出すことができるでしょうか。
♦ある国家や文化や人種や社会体制を、別の国家や文化や人種や社会体制より以上に、利するような部分的な価値観によって誤導されないために、♦私たちは真理の共通な追求において、あらゆる国籍、文化、宗教、人種、それに社会体制を代表する科学者や学者を招待いたします。♦この真理は人間の精神的側面と物質的側面の両方を重視すべきです。
つまりそれは♦安逸で生産的な環境の中で、物質的な幸福への欲求と、人格的な徳目への顧慮、道徳や宗教信仰の振興、及び、あらゆる文化的伝統の尊重などの精神的な欲求です。
🌹私たちは、人間存在のあらゆる側面において、建設的な協力のための基礎を作り出すような絶対的価値を高揚しなければなりません。♦それこそ絶対価値の縦軸――つまり、超越的な理想に基づいた最高の公的な目的――となるでしょう。
♦そこで、私たちは絶対的価値の横的な次元、すなわち真実に与えることの基準に関して、世界の欠点を検討してみるべきであります。例えば♦物質的および技術的な有利さで祝福されてきた国々が、喜んで他の国々と、それらの有利さを分かち合うようになるまでは、私たちは決して世界平和を享受することができません。
🌹化学技術の祝福は全人類のためのものであり、それらは分かち合うべきものです。ちょうどすべての国々のスポーツ選手が高度のコーチを受け、最後に対等の競技場で競い合いうべきであるのと同様に、あらゆる国は、国民の幸福のために技術を利用するための均等の機会を与えられるべきです。さもないと先進諸国は、奪われた人々から恨まれ憎まれるでしょう。
🌹統一運動は、技術の祝福をすべての国々と分かち合い、開発途上国が経済的独立の鍵として、自国の産業基盤を確立するのを助けようと専念しております。
🌹私たちは現代世界を再評価し、与えることの新しい基準を宣言すべきです。♦ある産業過程は社会や環境から奪い取り価値よりも、もっと大きな利益を社会や環境に与えるのかどうか。♦またある産業科学者は、自分の研究成果を世界のために分かち与えるのか、それともただ名を上げようとして情報を秘密にしておくのか。♦またある科学の分野は、その理論的及び実践的な研究成果をその分野自体に制限するのか、それとも他の分野の科学者とそれらを分かち合い、また他の分野からも洞察を受けようとするのか。♦ある社会哲学は、家庭における愛、市民の徳目、それに社会的な責任といった絶対的価値のためになり、それらの価値を強化するものなのか、それともそれらの価値を脆弱(ぜいじゃく)化させるものなのか。♦またある特定の国家政策は他の国々のためになるものなのか、それとも自国の利益のために他の国々を利用するものなのか。♦これらの点が、与えることの基準、つまり横的な絶対的価値に基づいて、私たちが成すべき再評価のいくつかです。
🌹最後に、私たちは、絶対価値に対する人間の追求の根源にある、次のような恒久的な問題を想起いたします。つまり♦人間とは何か、人間と心と体はどこから来たのだろうか。♦心と体の統一を達成することは、なぜそんなにも難しかったのだろうかといった疑問です。
♦人間の心は縦的な自己であり、体は横的な自己です。♦これら二つの「自己」は調和しているべきですが、それらは衝突してまいりました。さらに心と体の衝突は、家庭、社会、国家、そして世界に中に見い出される衝突のまさに根源なのです。
☆真の愛を具現化する価値革命の先鋒に
🌹この衝突を解決するために、私たちは神の創造の本然の目的に立ち帰らなければなりません。♦神は真の愛の存在であります。♦この真の愛を現すために、神は子女を創造されました。♦子女が父母の真の愛の基盤の上に立ち、この愛と美を父母に返すとき、子女はその父母の権利と価値を所有します。♦つまり子女は相続権、同参権、そして一緒に生活する権利を受け取ります。男と女がこの真の愛の基盤を通して神に繋がれるとき♦永遠の生命の真実の意味が実現されます。
🌹神は人類に対して、真の愛の縦的な父母の立場に立っています。さらに聖書においてアダムとエバとして知られている♦人類の最初の祖先は、神の横的な顕現となるはずでした。そうなっていたならば、彼らは全人類と全被造世界に対して、神の真の愛を体現した横的な父母となっていたでしょう。
🌹しかし人間始祖の堕落にのため、真の愛の縦的、横的の両父母が失われてしまいました。アダムとエバはサタンとの不倫な横的な愛の関係を結んでしまいました。♦この関係はサタンが人類の祖先と成ることを許し、そして人類はサタンの偽りの血統を受け継いでしまいました。
🌹統一教会はこの原理を教えてきており、神の真の愛を人間生活に取り戻すために働いてきました。♦この原理を土台として、私たちは♦国際結婚式を挙行してまいりました。この♦国際結婚は神の愛を家庭、国家、そして世界に顕現させようとするものです。この式は♦「合同の家庭創造」とも呼びうるものです。♦世界文化大祝典もまた、人々がそのような真の愛の家庭の創造に参与する機会を提供するでしょう。
♦韓国ではオリンピック競技会に参加するためにやって来たスポーツ選手を収容する♦「オリンピック村」が建設されました。♦この村は神の愛によって連結した、平和世界の象徴であると私は感じます。♦私たちが神の創造目的を理解し成就する時、全世界が「オリンピック村」となることでしょう。
🌹神の真の愛は、神が人類に与える縦的な愛です。これは縦的な真の父母の愛です。横的な真の父母の愛は♦神により祝福されて結婚した最初の夫婦に具現されております。これらの縦的および横的な軸の交差点は、統一が生み出され、真の愛が現れるところです。♦永遠の、調和的な、真の愛が実現されるために、この交差点は完全な九十度となっていなければなりません。このことによって♦人類は真の愛と共鳴することができるようになります。
🌹人が神の真の愛において生きているとき、初めて心と体は一つとなって共鳴することができます。するとこの♦個人は、神の真の愛と共鳴する家庭、国家、そして世界の土台となります。この♦共鳴する真の愛の基盤は、神のもとにある一つの世界、絶対価値の世界を確立するための基礎となります。♦この世界こそ、真の愛の横的な父母として来られるメシヤが、真の愛の縦的な父母であられる神と♦一緒に確立するようになる世界です。
♦今は、真の愛の関係を生活のあらゆる分野において現すべきときです。それにより♦平和で調和した家庭、社会、国家、そして新しい平和の世界が生み出されることでしょう。
🌹このビジョンを把握できる科学者と知識人は、このビジョンを自らの専門の研究分野に応用するだけでなく、自らの個人的な生活においても、このビジョンをもって勝利を収める人々となることでしょう。♦これから一緒になって価値革命を起こし、真の愛を永久(とこしえ)に具現する新しい世界へ人類を導いてまいりましょう。
🌹どうもありがとうございました。
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